【映画】SILENT HILL (サイレントヒル) : ただのホラー映画と思うなかれ!

コナミから発売されているホラーゲーム『サイレントヒル』を元にカナダとフランスの合作で

制作され、2006年に公開されたホラー映画。

ゲームセンターのガンシューティングゲームにもなり、ガンホラーアクションゲームとしては

純ホラーな独特な世界観がある題材です。

 

この映画は一見、バイオハザードやハウス・オブ・ザ・デッドのようなホラーゲームを

実写化した映画というように捉えられてしまうかもしれませんが、私としては

これはちゃんと映画していると感じるところがありこの映画を紹介しようと思いました。

 

 

SILLENT HILL (サイレント・ヒル)

SILLENT HILL (サイレント・ヒル)

 

 

監督 : クリストフ・ガンズ (Christophe Gans)
脚本 : ロジャー・エイヴァリー (Roger Avary)
主演 : ラダ・ミッチェル (Radha Mitchell)
          ジョデル・フェルランド (Jodelle Ferland)
          ショーン・ビーン (Sean Bean)
          ローリー・ホールデン (Laurie Holden)
          デボラ・カーラ・アンガー (Deborah Kara Unger)

 

 

 

まず、この映画が楽しくないと感じてしまう見方として

ゲームの世界観、または派手なアクション・派手なホラーを期待しすぎている、

または受動態でこの映画を見ている場合です。

 

題材が題材ですから期待はしてしまいます、私もそれ目当てで見てひっかかりました。

ゲームをやったことがなく世界観がわからない方でも何かを感じ取ろうとみていた場合

そこは問題にならないと感じました。

 

先にあげたバイオハザード等、興行収入を狙った映画は受動態で見て楽しめる映画であり、

一種のアトラクションです。否定しているわけではありません、むしろこれは純映画の

ようなものとは別種の面白さであり楽しみ方も違い比べるものではありません。

単純に私もこういう映画は好きですし回路を変えて楽しむようにしています。

 

しかし、このサイレントヒルは映画として必要なテーマ・語りたいこと、

それは隠されているものであるから故に何も考えずに何も読み取ろうとせずに受動態で

映画を見るとおもしろがわからない点などがありながらもホラー要素、ゲームの世界観…

というよりは元ネタを含んでいるという豊富な楽しさがあるところにとても惹かれました。

 

 

また、この映画はもちろん最後まで見ないと意味が分からない上に

クライマックスのシーンはグロテスクなシーンも含みますので、苦手な方はご用心ください。

 

 

 

 

※以下ネタバレ・考察を含みますのでご注意ください

 

 

 

 

 

この映画での大事なポイントとして捉えられるこのシーン

 

SILLENT HILL (サイレント・ヒル) 2

 

映画の前半と後半で2回も映されるのはかなりの要点ととれます。

 

 

 

ここで取り上げられている聖書の言葉ですが、前後の文も考えて聖書の言葉として

捉えると、文章の意味合いが変わりすぎてこの映画の各要点、ラストシーンと

つじつまが合わず、深読みのし過ぎに感じたので映画で取り上げられている

言葉のみからこの映画が何を言いたいのか考えてみました。

 

あなたは私たちが天使をも裁けることを知らないのか?”

あなたは聖徒(信仰者)がこの世を裁けることを知らないのか?”

 

つまり聖徒とはクリスタベラ側の人間のことでこの世の出来事を裁く程度の

能力しかなく、我々、つまりアレッサ側は天使をも裁ける上位の者だと。

我々がアレッサだとすればこう解けると思います。

 

なぜアレッサが我々と捉えられるのかといえば、故に勝者だからだと思います。

また、そう感じる要点を書いていきます。

 

 

クリスタベラが校長を務める学校では

 

SILLENT HILL (サイレント・ヒル) 3

 

”正義を憎むものは罰せられる”とありましたが、これは旧約聖書 (Ps)の34章21項の一文で、

先の文章はコリントの使徒への手紙の6章2、3項の一文でありこちらは新約聖書の一文です。

 

そして、クリスタベラは殺されてしまったことから信仰の通りにはならず、旧であり

復讐を果たせたアレッサは正義であり、新である。

つまり勝った方が新であり正義であると

正義とは一面的な考えで多面的なものではないととれます。

 

シャロンが車に乗り込んだ後、左手の親指を咥えていたこと

左手は悪魔の手とされている中、親指も悪魔の指とされています。

目つきもおかしかったのですが、このことからアリッサである可能性が

高く悪魔が勝ったと捉えられると思います。

 

 

 

SILLENT HILL (サイレント・ヒル) 5

そしてクリスタベラが信仰を表向きに利用し、何ができていたかといえば

民たちを欺き、統治、支配する・しやすくしていたと感じざるをえません。

それにダリアと姉妹であるクリスタベラは悪魔の一族ともとれなくもないのです。

 

 

そして物語後半、孤児院で子供たちが唱えていた言葉ですが

これから私は眠りにつきます 私の魂をお守りください もし目覚める前に死んだら

 私の魂をお召しください  アーメン” と

これは昔のアメリカの学校の読本の一文で、『赤毛のアン』でアンが眠る際に唱えるお祈りでもあり、

子供が寝る前に唱えるという習慣もあったようなのですが最後にアーメンとは唱えられません。

この祈りもここで使うには不気味で不自然で仕方ないのですが、

なぜキリスト教での制約の最後に同意、意義申さないとされるアーメンといったのでしょうか?

これではキリストの神が人間(信仰者)の魂を食べるように聞こえます。

 

冒頭の聖書のオブジェ、聖書の中の言葉

その我々の正体はアリッサであり、アリッサは何かと考えると

つまり神の正体とは・・・と捉えるか

旧約聖書はそうではないが新約聖書は・・・と捉えるか、

はたまた単に人には善の心と悪の心があるんですよと捉えるか・・・

 

 

SILLENT HILL (サイレント・ヒル) 4

また結末として、ローズとシャロンは現実世界に帰れませんでした。

生きてはいますが死んでいるのです。

そもそも生と死は宗教由来であって、現世に存在していれば生で

存在していなければ死なのです。

彼女らからすれば生きているその世界が現世であり生と死という概念

つまり宗教の概念は当てはまらないともいえます。

 

 

この一連を見るとこの映画が語る宗教の意味、宗教がなくてはならなかった理由、

存在する意味のようなものが見えてきたり見えなかったり

 

これ以上この手の話題で滅多なことも言えませんのでここら辺にしておきましょう。

 

また、これはこの映画がそう語っているように私個人が感じたという見解であり、

私の宗教に対する考えを述べたわけではありません。

 

 

 

それと引っかかっているシーンが他にもありました。

 

 

 

ローズとシャロンを探しにサイレントヒルへ入る前のシーンでグッチ警部と

クリストファーの会話でしたが、サイレントヒル(非現実)にあるはずの

ジープでしたがサイレントヒル(現実)で”ジープが見つかった”と言っていたこと

また、異世界から香りを感じていたこと

ライトの光で高周波が流れていたこと

『111』三位一体の表現、『151』讃美歌の歌詞の意味

どれも深い意味がとれそうですが・・・

 

 

ただ意味がありそうな不可解なシーンということで謎を残して締めさせてください(笑)

 

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。